■子育延命地蔵尊
茎崎町史(平成6年3月15日発行)によれば、子育延命地蔵尊は次のような縁起があるとされています。
次のような縁起が残されている。「そもそも子育延命地蔵尊と崇め奉るは行基菩薩御作にて当国小田家の元祖八田権頭知家公の守本尊なり、祈る時は世上に子なき人には子を授け、または病身にて育ち難きは安全に成長し、諸病平癒福徳延命を授け給うなり、小田家十二代小田讃岐守持家君于時応永十五年三月幕府当国牛久城主岡見越前守治資に命じ河内郡高崎に安置し、文明五年堂宇一寺を建立し大阿門梨裡良法印を以って守護し、其の日は晴天なり、然るに西の方より白雲一むれ来る、俄かに堂を滝の如く巻き五色の雲たち、尊像より光明を放ち又妙なる香りを薫じ実に不思議と思う処、凡そ三時はかりに晴しと、依て山号を高雲山竜蔵寺成就院とそ号しけり、其後天正十八年由良信濃守国繁君領地となり尊像守護し給う、寛永六年六月山口但馬守領地となり、御子なきにより祈り給うに御男子誕生御家督に恙なし、于時享保三年二月堂宇を別に建立し、金襴唐菱の御紋付の水引一張御真筆の額一面御寄付あり、天保四年山口伊豆守弘封君奥方は松平越前の御女なり、御子なきに依りて祈る程疑いなく御男子誕生恙なく御家督せり、其節赤地錦唐菱丸に三菱の御紋水引一張御寄付あり、霊験あらたかなること世上皆人の知る処なり」(茎崎村郷土誌)。
茎崎村郷土誌に紹介されていた縁起を、茎崎町史は引用する形で紹介しています。小さなお地蔵様ですが、そのご利益は、この縁起を読むとたいそうなものと言えます。
この子育延命地蔵尊は、地元の人々により大切に守られています。絵馬を奉納するような場所もなく、ただ小さな堂が建っているだけですので、心をこめてお参りしてください。
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■地蔵尊縁起
入り口には、地元の人によって縁起が建てられています。内容は、上記で紹介しているものと同じです。
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所在地・連絡先等
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